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Redewendungen der Woche KW22/2021

今週(2021年第22週)にFBのページTwitterまたはNoteでご紹介した「Redewendung des Tages 今日のドイツ語慣用句」をまとめてご紹介します。


1. mit dem linken Bein/Fuß zuerst aufgestanden sein

意味: 機嫌が悪い、虫の居所が悪い。 字義通りには「左脚/足を先にして起き上がった」

例文: Was bist du denn heute morgen so kurz angebunden? Bist du mit dem linken Bein zuerst aufgestanden?(訳例:今朝は何でそんなにつっけんどんなの?なんか機嫌が悪いの?)

Bist du mit dem linken Fuß zuerst aufgestanden oder warum schaust du so griesgrämig?(訳例:虫の居所が悪いの?それとも、そんな気難しそうな目つきしてる理由が特にあるの?)

解説: この慣用句は、手でも足でも、左側は不幸・不運で、特にベッドから起き出すときに左足を先にして立ち上がると、よくないことが起こると考えられていた迷信に基づいています。 mit dem falschen Fuß aufstehen(間違った足で起きる)とも言います。 右利きの人の方が圧倒的に多く、利き手・足でないほうを使うといろんなことがうまくできないという単純な現象からなんとなく左側が悪い方、不幸や不運と連想されたのでしょうね。

ちなみに、ドイツ語の「右」recht は、Recht(権利)、aufrecht(まっすぐ)、richtig(正しい)、richten(まっすぐにする;裁く)などと語源が同じで、印欧祖語の語根 *reg'- に遡ります。もちろん英語の right, uprightなども同様です。これは、ラテン語の regô(まっすぐにする、操縦する、支配する)や現代ヨーロッパ語に共通する regent(摂政)、region(地域。本来は「方向」)や direct(まっすぐ、直接)などにも含まれている語根です。語源を見る限り、「右」とはまっすぐであること、正しさ、正当性、支配と連想される「正しい側」で、左はその逆ということになりますね。


聖書では左側が不幸や不運の象徴として表現されている箇所があります。

ギリシャ神話でも左側が不幸の象徴とされていましたが、ギリシャ文化に影響される以前のローマ人の間では右が不幸の側とされていました。ギリシャ文化・キリスト教文化の影響でローマ人の左右の価値観が逆転したわけですね。


仏教やヒンズー教などでは左手が「不浄」とされていますよね。これは昔トイレットペーパーなどがない時代に左手でお尻を拭ったことと関係があるようですが、不浄だから左手を使ったというよりは、利き手の右手では食べるときに食べ物を掴んだりするので、それと同じ手でお尻を拭きたくないという原始的な衛生観のようなものがあったので、別の手、つまり左手で拭くようになり、それが後に宗教的観念と結び付けられて左不浄観というドグマになったということなのではないかと思います。


けれども、古代中国では陰陽思想の「左=陽、右=陰」という配属と、「陽尊・陰卑」という序列化によって左尊思想が生まれ、それが日本に伝わり『古事記』『日本書紀』にはもう陽尊陰卑的な陰陽思想が散見されます。このため、神道では左尊ということのようですね。 こうなってくると、「もうどっちでもよくない?」と匙を投げたくなります。どっちが上ということではなく、左右対等、陰陽対等、男女平等という中道が一番正しいのではないでしょうか。(大分話がそれました)

2. etwas (bei jemandem) in Auftrag geben


意味: ~を [(人など)に] 依頼・発注・注文する


例文: Die Studie hatte die Friedrich-Ebert-Stiftung in Auftrag gegeben.(訳例:その研究は、フリートリヒ・エベルト財団が発注した)


Eine Umfrage, die von der Berliner Zeitung in Auftrag gegeben wurde, ergab, dass 36 Prozent der Befragten einen Klaps als Erziehungsmaßnahme für vertretbar hielten.(訳例:ベルリン新聞の依頼した世論調査の結果では、回答者の36%が平手打ちを教育的措置として受容できると考えていた)


解説: この慣用句なしにはビジネスが成り立たないというほど頻繁に使われる機能動詞構文です。動詞の bestellen, beauftragen よりもずっと好まれて使われますので、(まだ覚えていない方は)ぜひ覚えておきましょう。



3. (zu) dick/stark auftragen


意味: 誇張する、虚飾する。 字義通りには「厚く塗る(塗りすぎる)」


例文: Bei deinem Vorstellungsgespräch solltest du nicht zu dick auftragen.(訳例:面接のときは大げさに自己アピールしない方がいいよ)


Sie war beschwipst und trug ein bisschen stark auf.(訳例:彼女はほろ酔いで、やや話を盛っていた)


解説: この慣用句は本来ペンキなどをたっぷりと塗る様子を表す表現ですが、転じて「やりすぎる」ことの比喩に使われるようになりました。「誇張する」よりも「話を盛る」と覚えた方がドイツ語のイメージに近いと思います(写真参照)。 stark より dick の方が使用頻度が高く、過剰なことを表す「zu」を伴うことが多いです。




4. etwas in einem Abwasch / Aufwasch (machen, erledigen)


意味: ~を片手間、同時に(やる、片付ける)。 字義通りには「1回の(食器の)水洗いで」


例文: Alles in einem Abwasch! (訳例:一辺にすべて。これだけで大丈夫!)


Wir können alles in einem Abwasch machen.(訳例:全部まとめて一回でやれます)


Die Immunisierung gegen Masern, Mumps und Röteln erfolgt in einem Aufwasch. Das erspart den Kindern allzu viele Spritzen,(訳例:麻疹、おたふくかぜ、風疹に対する免疫は同時につけられます。このため、子どもたちに数多く注射しなくても済みます)


解説: Abwasch と Aufwasch はどちらも「食器を洗うこと」を指します。Aufwasch / (Geschirr) aufwaschen が使われるのはオーストリアや南ドイツの一部で、それ以外は Abwasch / (Geschirr) abwaschen が使われます。 基本的に、「水で簡単に洗い流す」だけなので、行為としては簡単で片手間にできるものです。多くの食器を一度に洗える食洗器が一般的になった現代では特にそれが当てはまりますよね。 なので、何かをついでにやる場合や、いくつものことを同時にやる場合にこの慣用句が比喩的に使われます。 この慣用句自体は18世紀から文献に現れているそうですが、その頃は大きなたらいに水をためて、そこで何枚もの皿を洗っていたようですね。今の感覚からすると結構な手間のように思えますが…




5. jemandem gehen die Augen auf


意味: 目が開かれた思いがする、明らかになる、理解できる、納得がゆく。 字義通りには「~の目が開く」


例文: Vieles verstand er zunächst nicht, aber nach und nach gingen ihm die Augen auf.(訳例:最初彼は多くを理解したわけではなかったが、だんだんと理解できるようになった)


Der Rest der Bevölkerung weiß nicht einmal, worum es geht, erst dann, wenn man betroffen ist, gehen die Augen auf.(訳例:当事者以外の住民は、一体何のことか全然知らないが、当事者になれば目から鱗が落ちる思いをするものだ)


解説: 目で見ることは物事を理解することの基本と言えます。人間の認知能力は、そのほとんどを視覚情報に頼っていて、他の知覚情報は補足のような役割を果たしているからです。 このことは、仏教で、智慧の眼を開くこと(真理を悟ること)を「開眼」と言うことによく表れています。

「目から鱗が落ちる」という日本語表現も、見る障害となっていた鱗が落ちる=目が開くと解釈できるので、同じ系列の「見る=理解」の比喩表現と言えます。実はこれと同じ表現がドイツ語にもあります。Wie Schuppen von den Augen fallen がそれです。

また、人間は暗闇でものを見ることがあまりできませんので、光と見ることが生理的に結びついています。 jemandem geht ein Licht auf(~に光が上る) というドイツ語の表現にそれがよく表れています。これも「物事を(唐突に)理解する」という意味です。 日本語では何かに詳しいことを「~に明るい」と言いますよね。これはすでに光が上った後、光が差している状態を示していると考えられます。つまり、「光=理解」なんですね。


6. jemandem gehen die Augen über


意味: 1)信じられないものを見る、圧倒される、圧倒されて言葉も出ない 2)涙があふれる(詩、雅語) 字義通りには「~の目が(飛び)出る/あふれる」


例文: 1) Ihr gingen regelrecht die Augen über, als sie den Ring sah.(訳例:彼女がそのリングを見たとき、まったくの驚きに目を見張った(驚いて何の言葉も出てこなかった))


In Bali gehen einem sprichwörtlich die Augen über: das satte Grün der Reis-Terrassen, das helle Blau des Meeres, die Farbenpracht der exotischen Früchte ...(訳例:バリでは話に聞く通り目を見張るものばかりだ。棚田の豊かな緑、海の明るい青、南国の果物の色鮮やかさ…)


2) Die Augen gingen ihm über, So oft er trank daraus - Goethe, König in Thule (訳例:飲み干すたびにその目には 涙があふれ出た-ゲーテ、『トゥーレの王』)


解説: この慣用句は、信じられないものを見て驚いた時の目を大きく見開く無意識の表情から来ています。übergehen の語感からすると目玉が飛び出しそうなイメージです。 日本語の「目を見張る」よりも驚愕の度合いが強く、「圧倒される」意味合いが濃いのが特徴です。


übergehen は、液体が主語である場合は「あふれる」という意味になるので、2)では本来ならば 「die Tränen 涙」が主語になるべきところですが、あえてそれを直接言及せずに、「目があふれる」と言うところに文学的工夫があるようです。




以上が今週、FBのページTwitterまたはNoteで毎日1つずつご紹介していった慣用句のまとめと補足です。1日1つずつの方がよいという方は、FBのページTwitterまたはNoteをぜひフォローしてください。

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