2021年8月5日にドイツのボンにあるゲーテインスティテュートでC2の検定試験を受けてきました。
「C2」というレベルがどういうものなのか分からない方のためにご説明しますと、これはヨーロッパ言語参照枠というヨーロッパの言語すべてに共通する言語運用能力のレベル分けに基づき、6段階(A1/A2/B1/B2/C1/C2)ある中の最高レベルです。日本でのみ通用するドイツ語技能検定(独検)1級に相当するとも、それよりも要求水準が高いとも言われています。
私自身は独検を受けたことがないので、過去問サンプルで判断できる範囲のことしか言えませんが、一番の違いは翻訳課題の有無にあります。ゲーテインスティテュートの試験(Goethe Zertifikat)は世界中で受験者の母語に関係なく実施されるものですので、「翻訳」のように母語がかかわる出題ができず、出題言語はレベルに関係なくすべてドイツ語です。これに対して独検では出題言語が準1級までは日本語です。1級のみが出題言語もドイツ語になります。このことから言えることは、少なくとも独検準1級までは総じてGoethe Zertifikatよりも要求レベルが低いということでしょう。
では、独検1級とGoethe Zertifikat C2(GDS = Großes Deutsches Sprachdiplom)の試験内容を比べてみましょう。ゲーテの試験のモデルはこちら。
独検は1次試験として筆記と聞き取りがあり、2次試験が口述となっています。
Goethe Zertifikat C2 はモジュール式で Lesen(読む)/Schreiben(書く)/Hören(聞く)/Sprechen(話す)の4部門あり、1度にすべてのモジュールを受験する必要はありません。すべてバラバラに受験してモジュールごとの証明書をもらうことも可能です(ちなみに、1ランク下の C1 ではモジュール受験ができません)。
Lesen/Schreiben 読み書き
独検の筆記試験には読解部門にドイツ語原文の一部(30ワード程度)を日本語に翻訳する課題があります。それ以外に試験最後に独立課題として日本語からドイツ語に翻訳する課題があります。日独翻訳はドイツ語にすると多くても80ワードを超えないと思います。
テキストの理解力を問う選択問題はゲーテの試験とも共通していますが、慣用句の知識を問う問題や文法知識を問う問題があるのは独検の方だけです。そのような初歩的な課題を含めた筆記試験の時間が120分です。
それに対してGoethe Zertifikat C2(GDS)の方は書くと読むの2部門が独立しており、それぞれに80分の時間が割り当てられています。
書く部門は2部に分かれており、第1部は比較的短いテキストの中でマークされた10か所の表現を言い換える課題です。動詞句を名詞化したり、受動態を別のバリエーションに変換したりといった「よくある」練習問題がそのまま試験に出されている感じです。時間配分は20分とされています。配点は20点。
第2部は4つあるテーマの中から1つを選んで約350ワードの作文を書きます。
評価項目は以下の5つです。
Erfüllung der Aufgabenstellung 課題として要求されている点に言及しているかどうか、またその扱いの範囲
Textaufbau テキストの構成、立論・論証が明快かどうか
Kohärenz テキストの結束構造(文の中で相互に結びつき得る語の配列基準)、結束語句に複雑なものが使用されているかどうか、変化に富み、柔軟に使用されているかどうか
Wortschatz 語彙に幅広い多様性があり、繊細な使い分けができているかどうか
Strukturen 文章構造に幅広い多様性があり、柔軟に使い分けができているかどうか、語形や統語法、正書法に間違いがあるかどうか、その間違いが読む流れを阻害する程度はどのくらいか。
それぞれの項目で0~4点の5段階評価され、20点満点となります。それをさらに4倍した80点が第2部の配点です。
2人の試験官が評価を行い、その後で第3の試験官が2人の評価のうちのいずれか一方の評価を採用するか、両者の平均を採用するか決めます。
読解部門は4部で構成されています。第1部は独検の出題と類似するテキストの内容理解を問う選択問題で、全部で10問。時間配分は25分、配点は40点です。
第2部は提示されているいくつかの発言をその内容に合うテキストの段落に割り当てる課題で、提示された発言のうち2つは当てはまるものがありません(つまり、消去法が使えない)。全部で6問、時間配分は20分、配点は18点です。
第3部は長文テキストの段落が1つおきに抜かれており、その抜かれている6つの段落に7つある選択肢の中から当てはめていく課題です。これも1つ余りが出るので消去法が使えません。6問で、時間配分は25分、配点は18点です。
第4部は8つの文が提示され、それぞれの内容が含まれている求人広告を提示されている4件の中から選ぶ課題です。8問で、時間配分は10分、配点は24点です。
この中で一番厄介なのは第3部です。まず段落が一つ置きに抜けている長文を読んで大まかな流れを把握しないといけません。次にバラバラに提示されている抜かれたほうの段落を読んで理解し、それらが本文のどの抜け部分に入るべきなのかを文章のつながりから判断する必要があります。これは内容そのものに関する質問よりも難しいのではないかと思います。かなり注意深く読んで、段落ごとの論理的つながりを再構築していく作業なので、相当集中力の要る文章パズルですね。いくら在独30年以上でドイツ語文を読みなれた私でも、こればかりは普段の読み方とは全然違うものが求められるため、「難しい」と感じざるを得ませんでした。
Hören 聞き取り試験
聞き取り試験は独検もゲーテの試験も時間的な差はありませんが、内容の違いはもちろんあります。
独検では2部に分かれており、第1部ではインタビューを聞いて、それに関する質問に対して正しい答えを選ぶ課題で、答え自体もヒアリングの一部になっています。2回聴くチャンスがあります。
第2部では先にいくつかの提示されている発言(サンプルでは9個)を読み、その後にテキストを聞いて、テキストの内容に合うものを9つの発言の中から選ぶ課題です。こちらも2回テキストを聴けます。
ゲーテの試験では3部に分かれており、第1部はラジオ放送の聞き取りで、5つの放送を1回ずつ聞いて、課題の文が正しいか間違っているかを回答します。1つの放送につき3問、全部で15問あり、配点は30点。
第2部は友達同士の議論の聞き取りで、5つの課題文に含まれる意見が2人のうちのどちらの意見だったか、または2人とも同じ意見だったかを回答します。議論を聞くのは1回だけです。全部で5問あり、配点は20点です。
第3部は長めのインタビューの聞き取りで、10項目についてインタビュー内容に合うものをそれぞれ3つの選択肢から選ぶ課題です。インタビューは2回聴くチャンスがあります。10問で、配点は50点。
両者を比べると、聞き取り試験でもゲーテの試験の方が要求水準は高いと言えるでしょう。
Sprechen 口述試験
口述試験に関しては独検の方のサンプルがないので明確なことは言えませんが、「一つのテーマを選び,それをめぐっての質疑応答(約13分)」という説明と、ゲーテの「短いスピーチと質疑応答(約10分)」プラス「あるテーマに関する賛成反対の議論を行う(約5分)」というのを比較すると、一つのテーマしか扱わない独検の方が要求水準が低いということは明らかです。
ゲーテの試験では第1部が「Produktion(生産)」、第2部が「Interaktion(やりとり)」が評価の対象となります。
評価項目は上述の書く部門で挙げられているものとほぼ重複しています。違うのは「Textaufbau テキストの構成」がなく、代わりに「Aussprache und Intonation 発音とイントネーション」が加わることです。0~4点の5段階評価で、第1部・第2部がそれぞれ20点満点になります。それに2.5倍して100点満点の最終評価となります。
筆記部門同様、2人の試験官が評価を行い、その後で第3の試験官が2人の評価のうちのいずれか一方の評価を採用するか、両者の平均を採用するか決めます。
第1部のスピーチでは、課題テーマに3つの意見が提示されており、これをどのように取り入れてまとまりのあるスピーチを構築するかが評価されます(Erfüllung der Aufgabenstellung)。スピーチを準備する時間はわずか10分です。
この時間内に1つのテーマに関する3つの意見に言及しながらまとまりのある5分程度のスピーチを構築するのは並大抵のことではできないのではないかと思います。
試験のパターンはいつも同じなので、それに合わせた練習をすることは可能だと思いますし、YouTubeにもいくつか準備用の動画があります。
私は準備ゼロの行き当たりばったりでしたが。
テーマは「Was glücklich macht(何が人を幸せにするのか)」を選んだのですが、スピーチの構築の際に1つの意見にこだわりすぎ、後の2つについての言及に入ろうとしたところでタイムアップとなってしまい、スピーチを完成できませんでした。このため、その2つに関してはアドリブで付け足しのように意見を言い、最後に試験官の出した2・3の質問に答えました。だから最初の評価項目でかなり減点されたと思います。採点の詳細は残念ながら不明なのですが、トータルで88点でした。
第2部の議論は賛成・反対または肯定・否定の視点から意見交換をするのでいわゆる「ディベート」方式ですね。ドイツ語では「Diskussion 議論」です。受験者が Pro(肯定)または Contra(否定)の立場を選んで議論の口火を切ります。
私は Mindestlöhne(最低賃金)の是非ついての議論しました。「約5分」というのはただの目安です。受験者があまり多く発言しなくても、5分くらいは会話を続けるという試験官側の指針なのではないかと思います。
私は少なく見積もっても10分くらい、結構熱を込めて議論してました。最低賃金のテーマは普段からいろいろと考えていることなので、言えることがたくさんあったからですが。
Modellsatz では「印刷された新聞の将来」と「選挙の義務化」という2つのテーマが提示されています。私が受けた試験でのもう1つのテーマは動画の消費についての何かだったと思います。つまり、必ずしも政治的な話題ではないということですね。一般人の関心の的で、賛否両論あるような話題が取り上げられるのでしょう。長めのニュース記事や評論やテレビの討論番組などを見ていれば、いい準備運動になるのではないかと思います。
まとめと個人的体験談
独検1級のレベルは、試験内容からすると C1 に相当し、C2 の要求水準には及びません。翻訳という日本独特の課題があることから、やはりドイツ語を日本で活用することを前提にしている試験だと言えるでしょう。
ドイツの大学に留学することを念頭に置いているのであれば、独検ではなく日本でも受験できるゲーテの試験の方が有意義かと思います。
ゲーテの試験はダウンロードできる Modellsatz のパターン通りです。「読む」と「聞く」はマークシート方式、「書く」は罫線のついた回答用紙に手書き、「話す」はスピーチとディベートという具合で、試験問題も評価方法も標準化・規格化されており、かなり透明性が高いと言えるでしょう。
C2レベルの試験はどのヨーロッパ言語でも、「ネイティブ並み」の言語運用能力を証明するものですが、「ネイティブなら受かる」というものではありません。少なくとも大学に入学するだけの学力が前提となっているため、学力が不足していればネイティブでも不合格になることがあります。特に読解部門は、短いSNSのテキストしか読まず、長めの新聞記事を読んで理解するだけの「国語力」がない人には歯が立たない難易度だと思います。
ちなみにドイツ語を母語としない人がドイツの大学に入学するために必要なドイツ語能力は学科によって B2~C2 とされています。たいていの学科では C1 で十分とされており、私がつい最近修了した DaF (Deutsch als Fremdsprache 外国語としてのドイツ語)の教師養成講座 DLL Deutsch Lehren Lernen ですら C1 のドイツ語能力しか求められませんでした。つまり、C1 の能力で「外国語としてのドイツ語」の教師をやれるということです。
大学入学のためのドイツ語能力試験は各大学でもそれぞれ独自に実施しており、DSH (Deutsche Sprachprüfung für den Hochschulzugang)と呼ばれています。その得点によって DSH-1 から DSH-3 の3段階に分類され、DSH-2(67%~81%の得点率)が C1 に相当すると見なされます。ただし、共通の枠組みに従っているとはいえ、あくまでも大学独自の試験であるため、たとえばボン大学で DSH-2 を取ったからと言って、それがベルリンのフンボルト大学で認知されるとは限りません。
私がボン大学に入学するために受けた試験は当時 PNDS(Prüfung zum Nachweis deutscher Sprachkenntnisse ドイツ語能力証明試験)と呼ばれていました。もう30年以上前の1991年3月の話です。その証明書に成績は記載されていないのですが、Mittelstufe III(中級3)のドイツ語コースを半年間受けた直後に受験したので、おそらくギリギリで合格したのではないかと思います。たいていの人は Oberstufe I/II(上級1か2)のコースを受講してから PNDS を受験してたので、私のクラスから受験したのは半分もおらず、合格者は私を含めて2人だけだったと記憶しています。
これまでに自分のドイツ語能力を証明しなければならない機会が何度かありましたが、その際にものを言ったのはこのPNDSではなく、ボン大学の大学院修士課程修了証書でした。
今回ゲーテのC2試験を受けたのは、より国際的な認知度の高いドイツ語能力証明が欲しいと思ったからです。大学院修士課程修了でも証明できるレベルはせいぜい C1 ですから、それ以降20年以上ずっとドイツの会社に勤めてきた私のドイツ語レベルがどの程度上がったのか公的機関に認定してもらえたらいいなという気持ちでした。
下の画像が試験日から1週間で届いた証明書です。
本当はもうちょっと試験の準備をしようと思っていたのですが、結局仕事が忙しくて勉強時間が取れず、試験前日にゲーテのホームページからダウンロードしたモデル試験の読み書き部門を一度やってみただけでした。
不合格になることはまずないだろうとは思ってましたが、4部門平均で90点以上の「Sehr gut(秀)」という好成績を収めることができてよかったです。
得点と評価の対応表は以下の通りです。
最低60点取れれば「ausreichend(可)」で合格です。
試験対策は?
C2 の試験を受ける「必要のある」方はあまりいないと思いますが、試験対策としては大学入学に必要なレベルの C1 と基本的には同じです。教科書や過去問をやれば済むということではなく、非常に広範な語彙と知識を身に着けることが重要です。
そのためには毎日のようにニュースを読んだり聞いたりし、そのテーマに関して自分の言葉でまとめたり、論点整理をしたりといった練習をするのが効果的だと思います。
その際に重要なのは、一言一句正確に分析して理解することではなく、短時間に重要ポイントを認識して切り取る能力です。読む場合も聞く場合も「Rezeption 受け取り」の能力なので、基本戦略は同じです。細かいところが分からなくても、知らない単語があっても「大雑把に理解する」ことを目指さないといけません。
読んだり聞いたりするインプットの総量が多ければ、いわゆる「頻出単語」はいやでも繰り返し出会うことになるので、記憶にも定着しやすいですし、使われる文脈や用例が感覚的に身に着けられます。
書く・話すはどちらも能動的な「Produktion 生産」なので受動的な「Rezeption 受け取り」よりも難しいですが、インプット総量が多いほど楽になる性質のものです。まずはインプットしたものの真似から始めるのが妥当です。何かのフレーズを読んだらそれを自分で書いてみる、聞いたら言ってみる。こうして真似できるものを増やしていくことで、組み合わせの可能性も広がり、表現の自由度が徐々に高まっていきます。
こうした基本的な運用能力がある程度ついてきたら、試験の出題傾向に合わせた練習をする意味が出てきます。基本的な運用能力が不足している状態だと、試験のための練習問題にあたってもたいして身につかない・実にならない「やっただけ」になってしまう可能性があります。
試験のレベルに関係なく共通して言えるのは、練習したことしかできるようにならないということです。読む能力はひたすら読むことで、聞く能力はひたすら聞くことで、書く能力はひたすら書くことで、話す能力はひたすら話すことでしか身に付きません。
たとえば穴埋め問題のようなものばかりやっていれば、穴埋め問題を解く能力が身につくのであって、言語運用能力は一切向上しません。テキストを読んでいちいち日本語に翻訳していたとしたら、原文から日本語に翻訳する能力は磨かれるでしょうが、原文を読んで素早く大意をつかむ能力は一切向上しません。原文を読んで文法的な分析ばかりしていたとしたら、文法的な分析はできるようになりますが、言語運用能力は一切向上しません。
それが私がドイツ語教師養成講座 DLL Deutsch Lehren Lernen で学んだ重要な真理です。教える側としてはこのことを踏まえた上で授業デザインをする必要があるわけですが、果たしてそれを実践している教師がどれだけいることやら。外国語教授法に関しては様々な考え方がありますが、これからドイツ語の試験を受けようと思っている方には関係のない話なのでここでは割愛します。
外国語の運用能力を身に着けるのは、基本的には何らかのスポーツ競技の技を磨くのと同じです。コーチの指導法もスパルタ式や手取り足取りから放任まで幅がありますが、結局のところ本人の地道な努力が決め手となります。だから自分に合った努力の方法を見つけられるかどうかがネックとなります。「継続は力なり」とは言いますが、合ってない方法で継続しても力にはなりませんし、そもそも継続できないことのほうが多いはずです。
どういう方法なら自分の習慣に取り入れて継続できるのか、学習方法自体についてぜひ考えてください。
地道な努力ができる人は、それを努力と思っていないか、少なくとも苦にはしてないことが多いです。努力イコール苦行ではないんですね。むしろ楽しみや喜びをそこに見出しているからこそ、たまにちょっと辛いことがあってもずっと続けていけるのではないでしょうか。
ぜひ、あなただけの楽しく続けられる方法を見つけてください。
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