【学問の自由】シュタインマイヤー独大統領ボン大学創立200周年記念式典式辞を原文で読もう(9)


第8回に引き続き、ボン大学の歴史の部分です。ボン大学創設当初の時代の趨勢について、およびそこから導き出せる教訓について。

【原文】

Hinzu kam damals, dass die Bonner Universität – immerhin nach dem protestantischen König Friedrich Wilhelm III. von Preußen benannt – in ihren ersten Jahrzehnten einen deutlich kulturkämpferisch-kolonialen Beigeschmack hatte. Mit Ausnahme der katholischen Theologie waren die meisten Lehrstühle mit preußischen Protestanten besetzt. Ihr Wirken im katholischen Rheinland trug fast schon missionarische Züge. Mancher verstand sich gar als Verteidiger preußischer Obrigkeit gegen rheinische Libertät.

All diese Konfliktlinien, diese vielschichtigen Ambivalenzen von Polarisierung und Pluralität, sie mussten über lange Jahrzehnte in schmerzhaften Kulturkämpfen und Einigungsprozessen ausgehandelt werden. Wenn wir uns heute an diese Konflikte erinnern, dann erinnern wir uns also auch an den Schmerz von konfessionellem Streit; an den Schmerz von fehlender Freiheit und Einheit und Gleichheit. Wenn wir in unserem Land heute wieder über Fragen von Zugehörigkeit und Identität streiten, dann kann und sollte uns – auch hier in Bonn – die Erinnerung an die schon überwundenen Spaltungen und die bereits errungenen Freiheiten ein wenig Richtung und Perspektive geben.


【解説】

nach dem protestantischen König Friedrich Wilhelm III. von Preußen benannt 正式名称:ライン・フリートリヒ・ヴィルヘルム大学ボン

Libertät フランス語のliberté(自由)からの借用語。絶対君主制 Absolutismus の支配の軛からの解放を求める闘争概念としての「身分の自由 ständische Libertät」を指しています。現代的な「個人の自由」とは違う概念です。

Konfliktlinien 紛争の前線

..., sie mussten ドイツ語の構文としては珍しいですが、手前で羅列した名詞を代名詞で受けて主文の主語としています。フランス語の、「(主題), c'est ...」(例えば、L'état, c'est moi.「国家、それは私だ」)のような構文。


【翻訳】

当時はそれに加えて、プロイセンのプロテスタント王フリートリヒ・ヴィルヘルム3世にちなんで名づけられたライン・フリートリヒ・ヴィルヘルム大学ボンが創立されてから最初の数十年間、明確な文化闘争的植民地支配的な傾向を持っていたという事実があります。カトリック系神学部を除き、ほとんどの講座がプロイセンのプロテスタント教徒で占められていました。カトリックの牙城であるライン川地域において、そうした活動はほとんど布教に近いものがありました。中には自分がライン川地域の自由に対するプロイセン支配の守護者と理解している者もいました。


このような対立項、このような対極化と多元性を含む多層的な矛盾、こうしたことは、数十年の長きにわたる痛みを伴う文化闘争と統合プロセスの中で和解していかざるを得ませんでした。このため、今日私たちがこうした対立に思いを馳せる場合、宗派争いの痛み、そして自由・統一・平等のないことによる痛みにも思いを馳せることになります。我が国において今日、帰属やアイデンティティの問題について論争するとき、私たちは、すでに克服した分裂やすでに獲得した自由の数々を思い起こすことによって、ここボンでも、少しの希望と展望を得ることができますし、また、そうあるべきです。











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